

ダラダマリガワの廊下に連なる提灯の光。 二人の僧侶が膝をつき、 白と紫の蓮の前で祈りを捧げる。
その祈りは光の渦となって 聖なる空間へと昇っていく。
祈りとは、光そのものである。
ダラダマリガワの石柱の間に 金と虹色の光の波が流れる。
僧侶たちの読経が空間を震わせ 紫と白の蓮が その振動を受けて大きく開いていく。
音は波となり、波は花となる。
スリランカ、キャンディ。 ダラダマリガワに5回目に訪れたとき 僕はそこで言葉を失った。
祈りの声が石の柱に染み込み 提灯の光が空気を金色に染め 蓮の花が静かに呼吸していた。
それは「美しい」という感覚を超えていた。 空間そのものが、震えていた。
あの震えの正体を 私はずっと考えていた。
それは音ではなかった。 光でもなかった。 祈りの形をした——愛の周波数だった。
僧侶が膝をつくとき 蓮が開くとき 提灯に火が灯るとき
同じ一つの波動が 違う姿で現れているだけだと気づいた。
この2作品は その愛の周波数を 目に見える形にしようとした試みである。
見る人それぞれの魂が この作品の中に 自分自身の祈りを見つけてくれたなら それ以上の喜びはない。
全ては愛で出来ている。