




祈りとは、願いを差し出すことだけではなく、光に向かって静かに心をひらくことなのかもしれない。
水面に降るひかりのように、それは激しく訪れるものではなく、深い沈黙のなかへやわらかく満ちていく。
聖母の祈りは、ひとりのための祈りでありながら、同時に世界の痛みやよろこびをそっと抱きとめる、果てのない愛のかたちにも見える。
その姿の前では、祈りは言葉を超え、赦しとなり、慰めとなり、まだ名を持たない希望となって、ひかりのように水の上へひろがっていく。
そして私たちは、その静かな波紋に触れるとき、祈るとは何かを思い出す。
それは何かを求めること以上に、聖なるやさしさの中へ自らをゆだね、見えない愛にふたたび包まれていくことなのだと